皆さんは、認知症の方同士の会話を見た事があるでしょうか。症状が重度になればなるほど、会話を交わす事が困難になってきます。では、認知症の方同士はコミュニケーションがとれないのでしょうか…。
言葉はあまり必要ない
認知症を有していなくても、高齢者同士の会話は聞いていて不思議なものです。だいたい、皆さん年を重ねるにつれ耳が遠くなります。誰かと話をしていても聞き取れずに、「え!?」と大きな声で聞き返したり、相手の言う事が聞こえなくても、自分で勝手に相手の反応が“こう言ったんだろう”と自分の都合良い様に解釈し、話を続けていきます。相手が全く正反対の事を言っていたとしても…。
つまり、言葉というものはあまり必要としていないのです。では、何でコミュニケーションをはかっているのでしょうか。
大切なのは「雰囲気」
身ぶり、手ぶりはコミュニケーションをはかるのに大切な要素です。自分の伝えたい事を、より感情をこめて話をする事が出来るからです。ただし、あまりにも大げさになってしまうと滑稽になりますが…。
同じくらい、いやそれよりも大切なものは何でしょうか。「表情」です。表情は、相手が良い感情を抱いているのか、それとも迷惑そうに思っているのかがよく伝わってきます。これこそが、雰囲気につながっていきます。そして認知症の方にとって、雰囲気が及ぼす影響は測り知れません。
何も言わなくても分かり合えた(気持ちになる)
例えば、何かやりたい事が出来なくて、又は伝えたいのに伝えられなくて困っている認知症の方がいるとしましょう。自己接触行動と呼ばれる行動があり、自分の腕や手を触り続けたり、下衣の裾を上げ下げし続けたりと、自分の身体や衣服に触り続ける行動です。明らかに、困ったり戸惑ったりしている時の自己表現の一つなのですが、やはりその方もこうやって自分に触りながら、ウロウロと歩きまわっていました。そこの端の方に、独り言を言いながら座っている認知症の方がいました。その方は、ウロウロしていた方を目で追っています。歩いていた方が座っている方をみつけ、その前に座りますが、何かを話す訳ではありません。座っていた方は、「ウンウン」とうなづき続けます。そして、手を取り合って涙を流し合います。自分の言葉にならない困り、叫びを、分かってくれる人がいた、喜びの感情かもしれません。
一方、何を困っているのか分からないけど、何かを困っているんだろう、という受容の想いかもしれません。いずれにしろこの二人に必要だったのは、言葉ではなく、ベテランのスタッフによる介護ではなく、自分の気持ちを分かってくれる相手でした。認知症の方は、この様にして他人との関係を築いていく事が出来るのです。これは例えるなら、新しい人生をやり直しているのかもしれません。今、自分に出来る精一杯の事で自分を表現し、分かってくれる相手を探す、という自分探しの旅です。
認知症の方は、決して加害者なのではありません。認知症の介護に疲れてくると、あたかも、認知症の方の色々な行動が介護者を追い詰めている様に思えるかもしれませんが、相手も苦しんでいるのです。この時に、自分一人で頑張り過ぎても良い結果は生まれません。疲れがたまり爆発しないうちに、適切な助けを受けて、自分が頑張り過ぎない介護を目指しましょう。そうする事で、介護される側の相手も楽になる事が出来るのです。